お越しくださりありがとうござます

自分の人生を自分で選択して生きていますか?
こう質問されて、あなたはなんて答えますか?
私は胸を張って「YES!!!」とは言えないかもしれません。
こんにちは。
葉月(はづき)と申します。
一般社団法人日本エンパシー協会の認定講師でありエンパサイザー®です。
ほかにも、現代霊気マスターで、アクセスバーズファシリテーターや、菌に着目したエステを行ったり、羊毛フェルト作家なんていうのもやっています。
もう、何でも屋です。
どれか一つに絞ってビジネスをやったら?という声も聞こえてきそうですが、どれも私を形作っている大切な大切なツールたちです。
私は、思い通りのならないこの体が大嫌いでした。
便秘体質だしかゆいし息苦しい。(アレルギー体質でした)
みんな私を邪魔だと思っている、嫌われないように、嫌われないように…
自分が嫌い、自分が嫌い…
自分の記憶がある人生すべて、そう思いながら生きてきました。
こんなに自己肯定感が低い人でも、産んでしまえば母親になり。
子どもはたまんないよね、親ガチャ失敗。
アトピーは大人になってからのほうがひどく、子どもと手が繋げないほど手はいつも血まみれ。
血が滲んじゃうから白いTシャツは着られない。
太ることが異常に怖くて、162センチの私は産後は46㎏ほどでした。
「母(私)は昔はガイコツみたいだったよね」って、子どもによく言われます。
成長が人より早くて身長がどんどん伸びていた私は、「まだ食べるの?」と言われながら育ちました。
成長期の真っただ中に父が成人病検診で食事制限がかかってから拍車がかかり、
「たくさん食べることは悪いこと」「太ることは悪いこと」という観念が私の中に根を張りました。
しかも私、トイレに行くのが怖かったんです、母が機嫌悪くなるから、先生に怒られるから。
トイレは極限までガマンするもの、だったんです。
私の便秘体質は、もしかしたら作られたものかもしれません。
痔の手術は、出産よりつらかった…
自分の子どもには「食べること、出すこと、汚すこと」は徹底的に、厳しく、やらせました(笑)
自分みたいにならないように。
こんな親でも、娘は性格も良く見た目もかわいく成績も優秀。
今思えば、だからこそ、私に欲が出たのかもしれません。
霊気を始めたのは、スポーツインストラクターをしていた時。
10代の時から繰り返していたぎっくり腰を毎月繰り返すようになり、汗をかくから肌もボロボロ。
娘も学校に行かれなくなり葛藤していました。
私は、自分が人生の主人公のはずなのに、自分以外の人にばかり期待をして生きてきたことに気づかされました。
この時期人生で初めて自分を認識し、「私が」こうしたい、を考えた気がします。
その後娘は無事に進学、私もあきらめていた福祉の仕事に就くことになりました。
(実は私、福祉大卒なんです)
経験を積み、正社員になり、娘は本格的に学校に行かれなくなりました。
当たり前ですが、親は学校に行かせようとします。
子どもは生返事、結局行かない、生活は荒れていく。
私がいけなかった、子どもに期待しすぎてしまった
妊娠中に食事制限したからいけなかったのか(当時発達障害は妊娠中の栄養不足説があった)
結局親がやったことと同じことをしてしまった、挫折させたのは私
産んであげられなかった子供もいるのに、生まれた子どもさえまともに育てられない
自分は毒親、自分は毒親・・・
自分を責め続けましたがそれで娘がよくなるわけでもなく。
もし霊気を学んでいなかったら、自分を整える術を知らなかったら、私はもっと子供に執着していたと思います。
学校も退学したある日、ちょっとした事件が起こったんですね、その時。
「あ、私はこの子を介護して人生を終えるんだ」
そう思った瞬間、何か、すごく吹っ切れたんです。
それまでは毎日毎日「今日は死体になっているんじゃないか」と思いながら娘の動きにピリピリとアンテナを張っていたんですが、
なくなりはしないものの、まあそれもアリか、と思えるようになりました。
「好きにしな、あなたの人生だから」と心から言えるようになりました。
その後に出会ったアクセスコンシャスネス®は私の世界を変えました。
もっと自由に生きていいんだ!!と思わせてくれました。
私のものだとギュッと抱きしめていたものすべてを疑うことを教えてくれました。
さらにエンパシーの世界観は、
この現実は全て自分が創り出していることを目の前に突き付けてきました(表現…)。
そして。
自分の大切なものは何か、いかに私は幸せの中にいるのかを知らせてくれました。
人が人と関わることがいかに尊いことであり、その温かさに気づかせてくれました。
そして、忘れてはいけません、マインズカラープロジェクトとの出会い!
押しかけ女房的にかかわらせてもらった「生きづらさをアートで応援する」プロジェクト。
「大人が輝かないと子どもは未来に希望が持てないよね」
この一言が私の心をわしづかみにしました。
マインズのつながりで出会った調味液。
茶色くて汚くて不快なこの体…
死ぬ前に一度でもいいからきれいな肌触りのいい体になりたい!
そんな思いから始めて1年。
基礎化粧品から石鹸、シャンプーリンスや整髪料も全部やめることができました。
50年以上ないがしろにしてきた私のかわいいこの有限な体。
今でもまだ薬の力を借りつつですが、私が知っている人生で一番手触りのいい体になりました。
それまで化粧品の「発色」という言葉とは無縁だったんですが(肌がくすんでいて色がわからない)、最近知りました(笑)
人は何歳からでも変わることができる。
決めれば。
「すべてを含み、何もジャッジしない」世界を体現していこうと思います。
略歴
日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科卒業。
2児の母。学童保育指導員、スポーツインストラクターなどを経験。障害者の就労支援歴8年。子供の不登校をきっかけに自身の生きづらさとも向き合い始め、霊気やアクセスバーズを実践。
2021年に一般社団法人日本エンパシー協会の設立とともに認定講師育成講座を受講、共感やコミュニケーションの構造について学ぶとともに、自分の心・自分の人生と深く向き合う。
エンパシー協会認定講師として講座の提供・セミナーの主宰を行い「相手も自分も大切にする共感」を広める活動をするとともに、アクセスバーズファシリテーターとして講座の提供している。
菌に着目したエステも勉強中、分子栄養学や腸活を実践した経験を生かしたお料理の提供や菌活エステを提供するため日々勉強中。
社会福祉祉主事
保育士
調理師
博物館学芸員
日本エンパシー協会認定講師・エンパサイザー®
JADP上級心理カウンセラー®
Access Concioisness Bars Facilitator🄬
Access Conciousness Facelift Practitioner🄬
現代霊気マスター
菌活・腸活ラボ主宰